「尿」を資源に。途上国の肥料危機を救う、サニテーション技術

尿を肥料として使用したトウモロコシの栽培試験。尿の施用量は750mlと1750ml。生育期間は3.25ヶ月。ジンバブエにて。(出典:Aquamor) コラム

なぜ今、「尿」なのか?

深刻化する「アフォーダビリティ(購入のしやすさ)」の問題

近年、農業を取り巻く環境は厳しさを増しています。世界銀行の最新レポートによると、肥料価格はピーク時より下がったとはいえ、2022年以前の水準と比べると依然として高止まりしています。

特に、深刻なのが、農作物の価格に対する肥料価格の比率(アフォーダビリティ指数)の高止まりです。作物の売値に対して肥料代が依然として割高な状態が続いています。その中でも、トウモロコシ、小麦、米などの大量の肥料を必要とする主要作物を育てる農家にとって、収益を圧迫する要因となっています。

国際情勢による供給リスク

また、世界銀行は2022年以降の価格高騰の背景として、国際的な貿易政策や制裁の影響を挙げています。ロシアやベラルーシ、中国といった主要輸出国を巡る国際情勢や輸出制限により、供給マップが書き換えられつつあります。 このように国際情勢に左右される輸入肥料への依存リスクが高まる中、途上国の農村部で改めて注目されているのが、資源としての「尿」の活用です。

高度な処理施設や高価なプラントは必要ありません。「分離・貯蔵・再利用」という非常にシンプルなプロセスを経るだけで、尿は安全かつ強力な肥料へと生まれ変わります。本記事では、このサニテーション技術の仕組みと、実践的な導入ポイントを解説します。

尿は「完全肥料」

まず、なぜ尿が肥料として使えるのか、その成分を見てみましょう。尿は単なる老廃物ではありません。なぜならば、植物の成長に不可欠な以下の三大要素をすべて含んでおり、専門的には「完全肥料」としての要件を満たしているからです。

  • 窒素(N)
  • リン(P)
  • カリウム(K)

さらに、硫黄、カルシウム、マグネシウムといった微量要素も含まれています。例えば、ジンバブエで行われたトウモロコシ栽培の試験では、尿を施肥した区画は、施肥しなかった区画に比べて著しい成長が見られました。

尿を肥料として使用したトウモロコシの栽培試験。尿の施用量は750mlと1750ml。生育期間は3.25ヶ月。ジンバブエにて。(出典:Aquamor)
尿を肥料として使用したトウモロコシの栽培試験。尿の施用量は750mlと1750ml。生育期間は3.25ヶ月。ジンバブエにて。(出典:Aquamor)

貯蔵による衛生化メカニズム:なぜ「貯めるだけ」で安全になるのか?

途上国の農村部で高度な化学処理を行うのは困難です。しかし、尿には単純な「貯蔵」によって病原菌を処理し、肥料として適した状態に変化させる特性があります。

この衛生化のメカニズムは、タンク内で起こる自然な化学反応によって説明されます。

  1. 尿素の加水分解: 排泄直後の尿に含まれる窒素の大部分(75〜90%)は「尿素」という形をしており、pHは中性付近(約6.2)です。配管やタンク内に存在する「ウレア-ゼ」という酵素が触媒となり、この尿素は急速に分解され「アンモニア」へと変化します。
  2. pHの上昇: アンモニア濃度が高まることで、液体全体のpHは9.0〜9.3程度に上昇してアルカリ性になります。
  3. 病原菌の不活化: ウイルスや細菌などの病原体は、この「高いpH」と「高濃度のアンモニア」環境に耐えられず、不活化・死滅します。

つまり、薬剤を使わなくても、時間をかけて密閉貯蔵することで、尿中の化学成分が変化し、自己消毒のような効果を発揮するのです。

成分単位貯蔵前貯蔵後
尿素mg/l76000
アンモニウムmg/l4808000
リン酸mg/l740540
マグネシウムmg/l1000
カルシウムmg/l1800
重炭酸塩mg/l03200
アルカリ度mg/l22490
pH6.29.1
表:貯蔵前後の尿の成分変化

なお、マグネシウムやカルシウムがゼロになり、リン酸が減少するのは、pHが上昇することでこれらの成分が結合し、ストルバイトやアパタイトといった結晶になって析出するためです。

尿を肥料にするには?「尿分離トイレ」と「ポリタンク」を使ったシステム構築

尿を肥料として活用するシステムを導入するにあたり、鍵となるのは「排泄物を分けること」と「成分を逃がさないこと」です。

ステップ1:尿分離式トイレ(UDDT / UDFT)で便と尿を分ける

最も重要なことは、最初から尿と便を混ぜないことです。なぜならば、便が混ざると病原菌汚染のリスクが跳ね上がるからです。適切な分離を実現するために、以下の2種類のトイレ技術が主に利用されます。

尿分離式乾式トイレ(UDDT)

  • 水を使わずに、便器内の仕切りで尿と糞便を物理的に分類するトイレ
  • 尿は前部の穴から、糞便は後部の穴から別々に収集される
  • 水資源が乏しい地域や、配管インフラがない地域に適している

👉 詳しい仕組みについてはこちら: [U.2 尿分離式乾式トイレ]

尿分離式水洗トイレ(UDFT)

  • 見た目は普通の水洗トイレだが、内部構造で尿だけを前方の排出口から分離して集めることができる
  • 使用感は従来のトイレに近いため受け入れられやすいものの、二重配管などの施工技術が必要

👉 詳しい仕組みについてはこちら: [U.6 尿分離式水洗トイレ]

ステップ2:ポリタンクで密閉して貯蔵する

集めた尿はタンクに密閉して貯蔵します。推奨される貯蔵期間(気温20℃の場合)は、飼料用作物等であれば1ヶ月、生食する野菜を含むすべての作物に利用する場合は6ヶ月です。

この貯蔵プロセスで役立つのが、現地で手に入りやすいポリタンクです。 軽量で持ち運びやすく、密閉性が高いためアンモニアの揮発を防ぐことができます。アンモニアは植物にとって重要な窒素源であるため、揮発して空気中に逃げてしまうと尿の肥料としての価値が低下してしまいます。小規模なシステムでは、家庭ごとの収集容器としても、農地への輸送容器としても活躍します。

写真で見る貯蔵尿の変化

尿を貯蔵すると、内部で起こる化学変化に伴い、見た目も劇的に変化します。

貯留期間の異なる尿が入った3つのガラス製ビーカーを比較した写真です。白い台の上に左から右へ一列に並んでおり、それぞれのビーカーの下にはラベルが貼られています。左端のビーカーは「新鮮な尿」とラベル付けされ、明るい黄色の透明な液体が入っています。中央のビーカーは「1ヶ月貯留」とラベル付けされ、オレンジ色がかった琥珀色の液体が入っています。右端のビーカーは「3ヶ月貯留」とラベル付けされ、最も濃い茶色の琥珀色の液体が入っています。この画像は、貯留期間が長くなるにつれて尿の色が濃く変化していく様子を視覚的に示しています。背景は白く、清潔な実験室のような環境です。

新鮮な尿は明るい黄色ですが、時間が経つにつれて色がオレンジから赤褐色へと濃くなっていきます。また、アンモニアが増加してpHが上昇する過程で尿全体が濁り、容器の底にはミネラル成分が結晶化した沈殿します。

この色の変化や濁り、そして底に溜まる沈殿物は、尿の成分が分解されて肥料として「熟成」し、衛生化が進んでいる視覚的なサインです。

👉 ポリタンクの適用条件や運用上のポイントはこちら: [C.1 ポリタンク]

導入の重要ポイント

  • 「密閉」が必須: 貯蔵中の尿が空気に触れると、重要な窒素源であるアンモニアが逃げてしまいます。これは、肥料としての品質の低下や悪臭の原因になるので、タンクは必ず密閉します。
  • 材質選び: 尿は腐食性が強いため金属は厳禁です。必ずプラスチック(ポリタンクや、配管用としてのPP管・PVC管など)や高品質なコンクリートを使用します。
  • 配管の詰まり対策: 貯蔵中にpHが上昇すると、尿中の成分が結合して「ストルバイト」という結晶ができやすくなります。これが配管を詰まらせるのを防ぐため、配管は直径50mm以上、勾配を2%(1:50)以上確保する設計が推奨されます。

出典・参考文献:

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